2017年2月6日月曜日

あやかしごはん~おおもりっ!/犬嶌詠

梶裕貴さん演じる犬嶌詠の感想です。


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おまえが生きてて、本当に良かった。

狂い咲いた桜。
いつものように彼女と訪れたそこで、
まばゆい光を見た瞬間、
彼は唐突に気付いてしまった。
自分が本当は既に死んでいる事に。

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むかしむかし、
まだ人々が着物姿で生活していた頃、
詠と謡が狛犬をしているあの神社も栄えていて、
子どもたちは毎日遊びに来るし、
村人達もよくお参りに来てくれていた。

作物がよく実れば、
お供えをしてお礼をしてくれ、
掃除もマメにしてもらい、
とても綺麗な神社でした。

所が、時の流れと共に、
人々の信仰も薄れて行った。
神様や狛犬は、みんなの信仰がなければ、
その力が弱まってしまうから。
大した加護も与えられず、
次第に誰も来なくなり、寂れて行った。

そんなある日、
彼らの元に現れた一人の少年。

彼は幼いながらもとても信心深くて。
汚れてしまった神社に遊びに来ては、
少しずつ、少しずつ、
そこを綺麗にしてくれた。

すっかり汚れた狛犬の詠と謡の体も、
彼によって元の綺麗な姿に。

掃除をしながら
村の様子を聞かせてくれる彼は、
ある日、
好きになった女性の事を話してくれた。
それがとても嬉しかったから。

双子の狛犬は、
たいして残っていない力を振り絞り、
彼の恋を応援すべく、通り雨を降らせて、
二人を雨宿りするように仕向けた。

そんなお膳立てで親しくなった二人。
青年の人柄に彼女が恋をするのに
さして時間は必要なかった。

そうして二人は夫婦になり、
それ以来、二人は夫婦で
毎日神社を訪れるように。
いつしか二人は子宝に恵まれ、
今度は息子と三人でお参りを。

そんな家族の優しさと暖かさに、
人々が離れて寂しくて
壊れそうだった詠の心は救われた。

けれど、そんな幸せな日々は
そう長くは続かなった。
狛犬のそれと人の生涯は
全く長さが違うから。
彼らから見たら、
あっけない程短い時間で命を終える。

そうして再び寂れてしまった神社を
訪う人は居なくなってしまった。

またそこから月日が流れ、
人々は神の力を頼らずとも
生きていける時代になり、
益々人が寄り付かないそこに、
近くの子どもたちが遊びに来た。

昔の子供達と違い、
寂れたそこを気持ち悪がり、
汚れた狛犬を破壊しようとする子どもたち。
石を当てられた双子の狛犬は、
それぞれ片目を奪われてしまった。

誰が悪い訳でもない。
時代の流れだから
仕方のない事なのかも知れない。

それでも辛かった。
苦しかった。

だって彼はニンゲンが好きだったから。
そんな大好きで、
ずっと見守ってきたニンゲンからの、
とても理不尽な暴力。
そうして奪われた片目。

辛くて、悲しくて、
もうこんな村見守りたくない
…とそう言う彼に、
兄の謡は、
「それでも俺達は見守るのが仕事」と言う。

だから彼は決めたのです。

傷つきたくないのなら、
最初から嫌いでいればいい。
嫌いなら、傷つかなくて済むから。

ニンゲンも、
ニンゲンを見守るという謡も大嫌いだ!

そうして彼は、
暗く冷たい狛犬になってしまった。

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でも、詠は彼女と出会った。

自分たちの態度に問題あり…という事で、
神様にぽんぽこりんに預けられた双子の狛犬。
彼らの暮すそこに、ある日やってきた彼女。
最初はうるさい暴力女だとしか
思っていなかったのに。
彼女と共に過ごすうちに、
彼の心は次第に変わっていった。

だって、
嫌いな振りをしているだけだから。
詠はきっと、本当はいまでも、
ニンゲンが好きなハズだから。

でも、彼らはすぐに居なくなるから。
残される寂しさを
もう二度と味わいたくない。
共に過ごした時間が
しあわせであればある程辛いだけだから。

そう思う詠。

けれど、彼女は違っていた。
母を亡くして辛い時も、
幼い頃の紅葉村でのしあわせな時間が、
その思い出が、彼女を支えてくれたから。

だからあやかしという
時間の流れの違う種族の彼の事を愛しても、
彼女は逃げなかった。

例えば二人が結ばれたとして、
自分はいつか詠を残して居なくなるから。
その時、
彼には辛い思いをさせてしまうけれど、
それでも一緒に居たい。
限りある時間だけど、
尽きる時まで一緒に居たい。
その思い出が、
いつか彼を支えてくれるハズだから。

そんな彼女の強い思いが、
二人を近づけたのに。

運命は残酷で、
二人をすんなりと
結びつけてはくれなかった。

突然現れた天狗が、
あやかしの見える彼女を気に入り、
自分の嫁に迎えたいと言い出したのです。

傲慢な彼は、
断る彼女を益々自分のものにしたいと願い、
彼女が自分の元に来るように、
村の女の子を攫い始めたのです。

力の強い天狗。
いくら狛犬であるとはいえ、
本気で戦ったのならば、
きっと天狗に敵わない。

そんな不安をつくように、天狗は言った。

おまえが俺の嫁になれば、
攫った女は村へ返すし、
詠や謡、そして吟さんたちを
決して殺したりはしない…と。

一度自分を助けるために、
殺されそうになった詠だったから、
だから守りたいと思った。
自分が犠牲になる事で、
愛する人を守れるのなら、
それが一番しあわせだ…と。

そうして約束の時まで、
みんなに自分の笑顔を覚えていてもらおうと、
笑って過ごした彼女。

けれど、詠は見逃さなかった。
いつも彼女を見ていたから。
何かを隠しているとか、様子がおかしいとか、
そんな事はすぐ気付いてしまう。

だからあの夜も、
彼女が自分の気持ちを伝えてくれた時に、
ひどく違和感を感じていた。
そうして彼女が一人、
天狗と共に去ろうとしてる時に、
それに気付いて駆けつけた詠。

彼は彼女を取り戻すため、必死に戦うも、
天狗には敵うはずもなく、
大事な彼女を連れ去られてしまう。

それでも必死に彼女の名を呼んだ。
応えられなかったけれど、
彼も同じ気持だったから。
彼女が好きで、彼女が大切だから。

自分だけ助かっても、
そこに彼女が居なければ意味はない。

匂いを頼りに、彼女を追いかけ、
やっと追いついた彼は、
彼女を取り戻すべく、天狗と戦う。
けれど、やっぱり全く歯がたたない。
いや、それどころか、
もうただの一方的な暴力でしかなかった。
ただ、天狗になぶられるだけの彼。

そんな彼の元に、
彼女が飛び込んで来たのが見えた瞬間、
彼女を守らなきゃ!という必死な思いから、
彼の姿は狛犬に変じていた。

そうしてその力で戦ってはみたけれど、
やはり分が悪い。
最初は押しているように見えたものの、
長時間狛犬の姿を維持する事が叶わず、
再び倒れてしまう詠。

そんな彼を天狗から守ろうとする彼女。
詠の命は、自分の命より大事…と。

そんな彼女を守ろうとする彼。
彼女が居なきゃ、
俺だけ助かっても意味はない…と。

命がけの二人の思いに、天狗は去った。
興が削がれた…と。
他の男を命がけで愛してる女など、
全て自分のものにする事が出来ないから、
興味はない…と。

そうして無事に結ばれた二人。

違う種族。
永遠にすら思える程の長い時を生きる彼と、
あやかしからしたら、
ほんの一瞬とも思える程、
短い時しか生きる事の出来ないニンゲンの彼女。
それでも出来る限り、
命が尽きるまで、傍に居たい。

そう願う彼女に、
ずっと傍にいてやるから、
長生きしろよ

と、優しく囁く彼。

そんな風に始まった二人の温かい時間。

そうして迎えた春。
二人は紅葉山に狂い咲いた桜を見に出かけた。
今まで何度も二人で見た桜。
今日はなんだか行かないといけないような、
そんな予感がする…という彼女と共に、
桜へとたどり着く。

桜はいつも以上に美しく咲き、
その桜がまばゆい光を放った。

その刹那、彼は知ってしまった。
自分は既に死んでいるのだ…と。
そうして彼女の名を呼び涙をながす彼。

そうか、俺はもう死んでいたんだ
小さくつぶやく彼のそれに、
「どうしたの?」と訊ねる彼女。

抱きしめて涙をながす彼は、
今はまだ分からなくていい
としか言えない。
もしかしたらあの桜が咲いている間しか、
ここに留まれないのかもしれない。
それがいつまでなのかも分からないし、
本当はそうじゃないのかも知れない。

けれど、今ここに共にあれるこの瞬間。
この時間は
間違いなくしあわせな時間だから。
今はそのしあわせを噛みしめて、
抱きしめあう二人。

その先の未来、二人が何が
待ち受けているかもわからないけれど、
今のその想いがあれば、
きっと乗り越えてゆけるハズだから。

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いつかすべてを知る時が来る。
その時おまえは凄く傷つくと思う。
凄く悲しむと思う。
それでもおまえなら、
きっと乗り越えられるから。

だから今は一緒にいよう。
いつかどちらかが一人になっても、
共にあった時間を忘れないように。